てんびんの詩が教える「商いの真髄」はテクニックではない
―― 目的から逆算する、図解の選び方
マネタイズという言葉を、最近よく耳にします。
けれど私は、この言葉に
少しだけ引っかかりを覚えることがあります。
「自分の商品を、高額で売って、
◯◯万円儲かった」
そういう語られ方を目にすると、
商売が「数字のゲーム」だけに見えてしまう瞬間があるからです。
もちろん、利益は商いに必要です。
ただ、数字の手前にあるはずの「向き合い方」が
抜け落ちたように感じると、
どこか落ち着かなくなります。
私の商売観には、近江商人の考え方に
影響された部分がたくさんあります。
社会人になった昭和の時代、
教育ビデオで『てんびんの詩(うた)』に触れた経験も、
その一つです。
AIが登場して、販売スタイルは
これからも変わっていくのだと思います。
それでも商売の真髄は、変わらないもの――
いや、変わってはいけないものが
あるのではないか。
私はそう感じています。
この記事では、映画『てんびんの詩』を
手がかりにしながら、
「商いの真髄」「近江商人」「三方よし」を整理し、
現代の仕事にもつながる形で
言葉にしていきます。
『てんびんの詩』とは何か
『てんびんの詩』は、滋賀県の近江商人をテーマにした映画作品です。
現在は企業や団体の新人研修や教育用教材としても、
広く活用されています。
この作品は、イエローハットの創業者である
鍵山秀三郎氏が、
制作に協力・資金提供を行い、
長年温められてきた構想が
実現したものだとされています。
※『てんびんの詩(うた)』は教育研修用DVDとしても提供されています。
参照:オフィスTENBIN(教育研修用DVD制作販売)
https://tenbinnouta.ciao.jp/index.html
物語の要点は「鍋蓋三十枚」と「てんびん棒」である
主人公の近藤大作は、小学校卒業の日に
父から鍋蓋三十枚を渡されます。
「今日から鍋の蓋を売ってみぃ」
そう言われ、行商に出ることを命じられます。
大作は、てんびん棒を担ぎ、粗末な服で歩きます。
タイトルの「てんびん」を、
最初から体で背負うような始まりです。
ところが、鍋蓋はなかなか売れません。
大作は「売ること」ばかりに気持ちが寄り、
使う人の気持ちや、物への愛情を持てないまま、
苦しんでいきます。
転機は「売るための視点」が崩れた瞬間に起きる
ある時、大作は水辺で、
古い鍋や蓋が置かれている光景に出会います。
そこで一瞬、
「この鍋や蓋が無くなったら困るやろな。
困ったら買うてくれるかもしれん。
壊して竹やぶに捨てたら……」
という考えが頭をよぎります。
けれど直後に、もう一つの気づきが生まれます。
「この蓋も誰かが心を込めて作り、
誰かが大変な思いをして売り、
誰かが大切に使っているものだ」
この瞬間、鍋蓋は「売るための物」ではなく、
「誰かの暮らしの中にある物」へと
見え方が変わります。
だからこそ大作は、言葉で売り込むのではなく、
水辺で鍋と蓋を洗い始めます。
忙しい暮らしの中では
手入れも大変だったのかもしれません。
だから大作は、鍋蓋を洗ったのでしょう。
やがて大作の正直さと姿勢が
相手の心を動かし、
初めて商いが動き出していきます。
ここで描かれる「商いの真髄」は何か
この物語が伝える「商いの真髄」は、
売り方の技術というより、
向き合い方の順序にあります。
「売りたい」が先に立つと、相手は遠ざかる。
相手の暮らしと、物の背景に心が触れたとき、
商いは初めて動き出す。
作品は、そんな流れを
静かに示しているように感じます。
そしてもう一つ大事なのは、
顧客は商品だけを見ているわけではない、
ということです。
誰から買うのか。
その人は信頼できるのか。
商品と同時に、商人の人柄が見られている。
『てんびんの詩』は、
その前提を外さずに描いています。
私たちは自然に「人→会社→商品」の順で確認している
よく、いきなり物を売りつけてくる人がいます。
それも高額なものを、です。
中には「実際はそこまでの値段ではないのでは」と感じる商品を、
十分な前提共有もないまま
提示されることもあります。
そういうとき私たちは、
自然と順番を踏んでいるのではないでしょうか。
まず「販売する人がどんな方なのか」を見る。
次に「その方が働いている会社がどんな会社なのか」を見る。
その上で「その会社が扱っている商品はどんなものなのか」を確かめる。
つまり私たちは、商品だけを見ているのではなく、
人と背景ごと見て、
納得してから買うようにできている。
私はそう捉えています。
だからこそ、一方的に商品や機能を押し付けるのではなく、
お客様がそれを手にしたときに、
どんな明るい未来や喜びが生まれるのか。
そこをきちんと考えることが、
商いの基本に近いところなのかもしれません。
ここまでの流れを一度、俯瞰してみる
ここまでの話は、文章で追うと
「物語」と「現代の話」が行き来します。
いったん全体を一枚にまとめて、
どこで視点が切り替わっているのかを
確認しておきます。
スマートフォンの方は、
画像をタップして拡大すると見やすいと思います。
※ 『てんびんの詩』を通じ、商いの真髄はテクニックより「信頼と心のあり方」だと説く図解。
ここから先は、
俯瞰図を踏まえたうえで、
近江商人と三方よしを
もう少し整理していきます。
近江商人とは何か
近江商人とは、現在の滋賀県(近江国)を拠点に、
江戸時代から全国で活躍した商人たちです。
『てんびんの詩』は、その精神を、
少年の行商体験として
体感させる物語だと整理できます。
「三方よし」は行動の順序を問う言葉である
近江商人の経営哲学を象徴する言葉が「三方よし」です。
- 売り手よし:商売として適正な利益を得る(企業の存続に必要)
- 買い手よし:顧客が商品に満足し、喜ぶ
- 世間よし:その商売が地域社会や世の中全体の幸福に貢献する
ここで大切なのは、どれか一つを美談として掲げることではなく、
三つを同時に成立させようとする姿勢だと
捉えています。
また「三方よし」という言葉自体は、
近江商人の精神を
後世(1988年頃)の研究者が表現した造語であり、
当時の商人がこの用語を
そのまま使っていたわけではない、
という指摘もあります。
だからこそ、言葉そのものよりも、
この考え方を現代の行動として
どう扱うか。
そこが本題になるのだと思います。
AI時代でも「変わってはいけないもの」がある
AIの登場によって、販売の手段や接点は増えました。
発信の仕方も、売り方も、
これからさらに変わっていくのだと思います。
一方で、『てんびんの詩』が示している通り、
商いの順序そのものは変わらない――
むしろ変わってはいけない。
そう感じる場面もあります。
相手の困りごとを見て、
相手の喜びを想像して、
その上で、価値に見合う対価として成り立たせる。
効率化や数値管理が進む現代だからこそ、
目先の数字ではなく、
「顧客や社会に本当に届けるべき価値」は何か。
それを問い直す必要があるのかもしれません。
同じような商品が世の中にたくさん溢れてくるほど、
私たちは「何を買うか」だけで
判断しにくくなっていきます。
だからこそ「誰から買うか」が、
これからはより重要になってくる。
私はそう考えています。
言い換えるなら、
信頼そのものが価値になる時代です。
個人ブランディングが大切と言われるのも、
その延長線上にあるのでしょう。
ただ、それは見せ方の技術というより、
日々の姿勢の一貫性に近いものだと
私は捉えています。
相手の困りごとを見て、
相手の喜びを想像する。
その順序を崩さないことが、
結果として「この人から買いたい」につながっていく。
まとめ:商いは「売る前の心の準備」から始まる
『てんびんの詩』が教えてくれるのは、
商いとは販売テクニックではなく、
心のあり方だということです。
売ることが先に立つと、相手が見えなくなる。
相手の暮らしに心が触れたとき、
商いは動き出す。
最後に、今日からできる小さな一歩だけ置いておきます。
「自分はいま、
誰のどんな困りごとに触れようとしているか」
それを1行で書いてみる。
答えが出なくても構いません。
問いが残るだけでも、
商いは「商品」から「価値」へ、
少しずつ形を変え始めます。