スキルと認知は両輪
―― 学ぶだけで終わらせず、「資産化」と「公開」を回すための思考整理
学びに真面目な人ほど、
「もっと理解してから公開しよう」と考えることがあります。
その姿勢自体は、間違いだとは考えていません。
むしろ、誠実な態度だと私は捉えています。
ただ同時に、
学びが増えるほど、出すタイミングが遠のいてしまうこともあります。
気づけば、
情報を集めることが中心になってしまう。
いわゆる「ノウハウコレクター」という状態に近くなることがあります。
これは意志の強さ・弱さというより、学びへの熱量が高いほど起きやすい現象だと私は感じています。
この記事では、
「スキル(学習)」と「認知(公開)」を両輪として捉え直し、
学びを“資産化”につなげるための考え方を整理します。
※ 学び(スキル)を資産化して公開(認知)へつなぐ「冷蔵庫→まな板→食卓」の流れ図です。
そもそも「スキル」と「認知」をどう定義するか
ここで言う「スキル」は、
知識を増やすこと、学ぶことを指しています。
そして「認知」は、
公開して、知っていただくことです。
言い換えるなら、
「スキル」はインプットで、
「認知」はアウトプット、という整理になります。
どちらが正しい/間違いという話ではなく、
両方を扱えると前に進みやすい、という立て付けです。
学習ばかりになると、なぜ詰まりやすいのか
学ぶことは大切です。
情報の質を上げることも、もちろん意味があります。
ただ、学習が中心になりすぎると、
「いつ出すか」が曖昧になりやすいと私は感じています。
結果として、
学びが“行動”に接続されないまま、冷蔵庫に蓄積されていくことがあります。
ここで問題になるのは、
理解が浅いことそのものではありません。
他者に届く形にならないままだと、
認知につながりにくい、という点です。
KUNISHIGE Labが伝えている比喩:「冷蔵庫・まな板・食卓」
KUNISHIGE Labでは、
学びを次の流れで捉えています。
- 冷蔵庫:知識を蓄える(学習)
- まな板:知識を調理する(編集)
- 食卓:出して届ける(公開)
学習は、冷蔵庫に食材を入れる行為に近いと考えています。
入れるほど安心感が増える、という感覚も自然です。
一方で、
冷蔵庫に入れたままでは「食事」になりません。
知識も同じように、
編集して“届く形”にしていくことで、使える状態になりやすい、という立場です。
※この「冷蔵庫・まな板・食卓」の考え方は、別記事で背景も含めて整理しています。
必要に応じて、補足として参照してください。
【学びを「資産」に変えるKUNISHIGE Labの考え方】
https://www.aixnotion.com/blog/learning-to-asset
公開を「仕事の単位」として捉える考え方
私がネットビジネスを教えてくれた方から、
印象に残っている言葉があります。
「ブログ記事でもSNS投稿でもいい。公に何かを出していなければ、その日は出勤したことにならない」
という考え方です。
もちろん、これは絶対的なルールというより、
公開を“習慣”に落とすための強い比喩だと私は受け取っています。
ただ、この言葉は結果的に、
「認知がどれだけ重要か」を教えてくれたのだとも感じています。
学んだことは、自分の中では増えていきます。
けれど、それが他者に伝わるとは限りません。
だからこそ、
「思い出してもらえる形」で外に置いておくことが大切になる。
私はそのように捉えています。
公開が増えるほど、
応援してくれる人が少しずつ増えたり、
必要なときに声をかけてもらいやすくなったりする。
その積み重ねが結果として、
「この人の話をもう少し聞いてみたい」
「この人のやり方を参考にしたい」
と思っていただくことにつながる場合があります。
私自身、長く続ける中で、
結局ここがとても重要だった、という実感があります。
「学んだことがある」だけでは外からは見えません。
けれど「公開したもの」があれば、他者が触れられる形で残っていきます。
公開は「認知のため」だけでなく、「学び直し」の装置にもなる
もう一つ、私が大切だと考えている点があります。
情報を公開するという行為は、
自分が学んだことを、あらためて考え直すことにつながりやすい、ということです。
中途半端な理解のままでは、
文章として外に出しにくい場面が多いはずです。
書こうとすると、
「自分は本当に分かっているだろうか」
「どこまでが事実で、どこからが解釈だろうか」
と、自分に問い直すことになります。
その過程で、もう一度学び直すことになり、
理解が深まりやすくなる。
私は、その積み重ねが、
学習を「自分の知識」に近づけていく感覚につながる、と考えています。
また、情報を公開することや、人に何かを伝えることは、
結果的に「いちばん自分が学んでいる状態」になりやすい。
この見立ても、現場感として大きいと感じています。
「鮮度が良いうちに出す」は、すべての情報に当てはまるわけではない
情報には種類があります。
そのため私は、「学んだらすぐ全部出すべき」とは考えていません。
KUNISHIGE Labでは基本的に、
学んだ情報をいったん冷蔵庫に入れ、
そこに自分の解釈や文脈を加えて「資産化」することを大切にしています。
ただし一方で、
情報の中には「鮮度が良いうちに出したほうがよさそうなもの」もあります。
たとえば、
- 学んだ直後のつまずきポイント
- 「ここが腑に落ちた」という感覚
- 初学者としての疑問や視点
こうしたものは、時間が経つと薄れていきやすいものです。
だからこそ、鮮度が良い状態で共有しておくと役に立つ場面がある、と捉えています。
つまり大事なのは、
「すべてを急いで出す」ことではなく、
「鮮度を優先したほうがよさそうな情報」を見極めて出すことです。
冷蔵庫で寝かせて資産化する情報と、早めに食卓へ出す情報。
この両方を扱えると、スキルと認知の両輪が回りやすくなるはずです。
認知は「目立つこと」ではなく、「届く形にすること」
認知という言葉は、
誤解されやすいところがあります。
ここでの認知は、
派手に見せることや、無理に拡散することではありません。
学んだ内容を、他者が受け取れる形にして置くこと。
私はまずそこから始まる、と考えています。
文章でもいいし、図でもいいし、短いメモでも構いません。
大事なのは、「外に出る」という選択肢を持っておくことです。
まとめ:スキル(学習)と認知(公開)を、両輪として捉えてみる
スキルは大切です。
学ぶこと自体を否定する話ではありません。
ただ、学習だけでは、資産になりにくいと感じる人もいます。
私はその状態を、冷蔵庫に食材が増えていく感覚に近いものとして捉えています。
冷蔵庫に蓄えた知識を、
まな板で調理し、食卓に出す。
この流れが少しでも回り始めると、
学びが「消費」ではなく「ストック」になっていきやすくなります。
そして公開は、
認知のための手段であると同時に、
自分の理解を深める「学び直し」の機会にもなります。
急いで全部を出す必要はありません。
ただ、鮮度を優先したほうがよさそうな情報は、見極めて早めに出しておく。
この感覚を持っておくと、
スキルと認知の両輪が噛み合いやすくなるかもしれません。
Next Action:今日の学びから「一皿」を選んでみる
もし余裕があれば、
今日学んだことの中から、
「鮮度が良いうちに出しておいたほうがよさそうな一皿」を選んでみるのも一つです。
たとえば、
- 今日いちばん詰まった点を「一行」で残す
- 腑に落ちた瞬間を「一言」で言い換える
- 初学者の自分が抱いた疑問を、そのまま書いておく
公開先はどこでも構いません。
完成度も問いません。
冷蔵庫に入れるだけで終わらせず、
食卓に出す感覚を、無理のない範囲で少し取り戻す。
そのくらいの距離感でも、十分だと私は考えています。